パラガスは本当に悪い親だったのか? -『ドラゴンボール超/ブロリー(2018)』

生まれついてのパワーを疎まれ、40年未開の地で生きていたサイヤ人、ブロリー。
彼がその間コミュニケーションをとっていたのは、自らの父親だけでした。

「ブロリーは、親父に戦闘マシンにされたんだ。本当は心優しいサイヤ人なんだ!」
チライとレモはブロリーの純粋な心に触れ、彼の味方をしてくれます。

でも、ブロリーは本当に「大人しくて戦うのが嫌なサイヤ人」なんだろうか。


1.戦闘の才能も、ブロリーの一部

バンパに追放されたてのブロリーはパラガスを見て、飛びかかる構えになっていました。

彼は元々、攻撃されて身をすくめるタイプではありません。
優しい一面ももちろん持っているけれど、パワーも、戦闘の才能も、すべて彼が元々持っていた素質です。

父親が相手にならないほどのパワーを持ったサイヤ人が、フルパワーになっている状態。それを、父親のせいにしていいんだろうか?

「本当は大人しいのに父親のせいで」「あんなの異常だ」とあの状態を否定してしまうことは、ブロリーの一部を否定することにならないだろうか。


「本当は戦うの好きじゃないんだろ?」と言われたブロリーは、何も答えずうつむきました。

もし彼が本当に戦うのが好きでないのなら、悟空に「また戦わせてくれ」と言われた時、笑顔にはならないはずです。

得意で、できることがあるって、楽しかったりしない?

実際にブロリーは我を忘れ、手がつけられなくなることがあります。

おとなしいまま付き合えるのならもちろんそれが一番いいはず。でも、もし暴走したときに止められる人が居ないのであれば、理想論でしかありません。

彼を存在まるごと受け入れようとすると、強大なパワーとも付き合っていかないといけなくなります。
それも彼の一部だから。

悪者扱いされていたパラガスですが、彼は息子が追放されてすぐ後を追い、40年面倒を見ていました。

そもそもサイヤ人は男が星を征服し、女が子育てをしてきた種族で、一定の年齢まではポッドの中で育ちます。

じゃあ、サイヤ人で子育てが上手な男のほうが、珍しいんじゃないの?

「お礼を言う」コミュニケーションをキチンと教えているあたりからも、少なくとも彼は普通のサイヤ人の男よりも息子と関わり、「子育て」をしていたように見えます。

パワーの釣り合わない普通の人間たちがブロリーと長く付き合い続けるには、結局パラガスのようにパワーを外部から制限し、コントロールする以外の手段がなかったんじゃないだろうか。

一方の悟空は、チライとレモとは反対に「本当は戦いたくないのかも?」とかを一切考えることなく、「スゲー奴」「戦いてェ」とブロリーの才能を肯定してくれました。

つまり彼は唯一、ブロリー本人でさえどうしようもなかった部分を、長所として捉えてくれた人なのです。

2.サイヤ人として生き残った男たち

惑星ベジータでは、生まれた時に潜在能力を測定され、そこで一生の運命が確定します。

下級戦士と判定された存在が強くなることで「環境と性格、努力で己を超え、潜在能力ではすべてが決まらないことを証明した主人公」、悟空。

今回の映画で立ちはだかるブロリーという男は、その真逆、「潜在能力どおりに運命が決まってしまった敵」です。

劣悪な環境で育っても、本人の性格が心優しくても、一切関係なく発現した、世界を滅ぼしかねない才能。

どちらも、まさしく戦闘民族であるサイヤ人を体現した存在です。  

3.中身を見てくれるチライ達と、パワーを肯定してくれる悟空

あんな暴走状態を見てなお、「でもブロリーは、本当は優しいから」と離れて行かなかったチライとレモ。

ブロリーの優しさを信じている彼らは、この先ブロリーがどれだけ暴走したとしても、彼に失望することはありません。

そして、あんな暴走状態を見てむしろ、「こんなに強ェ奴が居るなんて」と喜んだ悟空。

強い相手と戦うことで成長してきた彼は、サイヤ人としてのブロリーが持つ、手に負えない強さをこそ必要としてくれる。彼が逃げられなかった運命を、自分が歩いてきた道の先に掬い上げてくれるのです。

彼らがいればつまり、

ブロリーはどうなっても、ブロリーで居られるってことじゃないか。 

パラガス一人で「心優しい息子」「最強のサイヤ人」の両方を背負うには、たしかに荷が重かったはずです。
ブロリーの運命に振り回された彼の人生を、私はあまり責める気になれません。 

悟空とベジータが彼を受け止められる強さになるまで、そして優しさに気付いてくれるチライやレモと出会える日まで、ブロリーを育ててくれてありがとうな。

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