タランティーノのフィクションへの愛が、存分に伝わってくる映画でした。
タランティーノ映画といえば、あり得ない大出血で、人が死ぬ。
ファッキンニガー、マザーファッカー、顔面を殴られまくる女性。
そして、燃やされるナチス。
助かるシャロンテート!!
1.フィクションは何をやってもいい
フィクションというものは、倫理や常識のタガをいくらでも外していい。
なぜなら、現実ではないから。
「存在しないことをする」というのが、フィクションだからです。
タランティーノは、その概念を極めた監督です。
理想も、悪夢も、現実じゃない。
殺される一般人にも、殴られる女にも、差別される黒人にも、心を痛めなくていい。
彼らは誰も、存在しないから。
私たちはタランティーノを履修してきて、自分の世界とフィクションを切り離せるようになりました。
好きなだけ殴って、殺せばいい。お前らフィクションがどれだけ人を惨殺しても、現実では人っ子一人殺せない!!
この世界はフィクションで、現実とは違うからだ!!
そこにあるのは、現実に何の配慮をすることもなく、虚構を隅から隅まで楽しみ尽くす、タランティーノのフィクション映画への愛だけ。
それに気づいた瞬間に、彼の映画のすべてが愛しくなるはずです。
この世界が現実に干渉できないのと同じく、現実もこの映画に干渉できない。「それでも現実では、シャロンテートは殺されたし…」なんてことは言えないのだ。
シャロンテートは、この世界では殺されなかったのだ!!
この世界はフィクションで、現実とは違うからだ!!
2.ハリウッドに現れた2人の特異点
タランティーノが史実をフィクションの世界にするため投入したのは、2人の特異点でした。
リック・ダルトン、クリフ・ブース。
リックは、現実のハリウッドに「居そう」な人間です。
突然投入されるイレギュラーを世界に馴染ませるため、実在のあらゆるスターをこねて作って「ありそう」にしたキメラです。
しかし、クリフの方は明らかに、世界に馴染むつもりがない。
ブルース・リーを倒すほどに強く、マンソンファミリーを上回るキチガイである。
3.クリフ・ブースはイカれている
クリフ・ブースは、他人の死も、自分の死さえも恐れる様子を見せません。
彼は戦争で「英雄」とまで呼ばれた男です。この過去が彼の人格に影響を与えているか、そうでないかはハッキリ描かれはしませんが、普通の人にはあるはずの、死への恐怖という枷が外れています。
人が生きるためには何か理由が要るはずです。
他人から必要とされる。
自分の積み上げた過去に自信がある。未来に目標がある。
どれもないなら死ぬ勇気がない人か、快楽主義者ではないでしょうか。
ところがクリフは、あの年で汚い小屋に住んで、その日暮らしをしている。
誇れるキャリアもない。
ハリウッドに居て目の前に華やかな世界を見ながら、その栄光に何の羨望もない。
何かを得ても、栄光を得ても、どうせいずれ人間は死ぬことを知ってしまっている彼が、何かに執着しないのは納得のいく話です。
でも彼は、未成年の一時の誘惑を断りました。
おいしい話がぶら下がっても、逮捕のリスクを避けようとしました。
何ひとつ欲しがらないクリフが唯一、ここだけ意思表示をしたのです。
今の人生を続けたい、と。
彼は生活を、うっかり失いたくない。
今に満足しているのです。
彼は一体、何のために生きている人間なのか?
4.リック・ダルトンの人間らしさ
周りに左右されず、死さえ恐れないメンタル。屋根に軽々飛び乗る、衰えないタフな肉体。
誰から見ても強い男、クリフ・ブース。
でも彼にはできないことがあります。
キャリアと栄光を失うことを恐れてパニクるような、家や車や女という、目に見える評価に価値を見出だすような、おっさんなのに悲しくなって幼女の前で泣き出しちゃうような、クリフの異常さと対極でさえある、リックの振り切った人間臭さ。
泣きながら、失いたくないものをいずれ失うとわかりながら、それでも手に入れようともがき、努力し続ける男。
共演者を殴ってせっかくもらったチャンスをふいにしてしまうような、刹那的なクリフには、そんな真面目な生き方はできないのです。
「お前はリック・ダルトン様だ」
クリフには眩しいのでしょう。
リック・ダルトンという生き方の男が。
5.友達以上、妻未満
ボスの泣き顔を隠し、肩を貸す。
すがり付きたくなるようなスパダリ兄貴のクリフを、ところがメンヘラリックは平気で解雇し、結婚し、さっさと前へ進みます。
めそめそ泣きながら、怒り狂いながらでも、立って一人で歩いていけるのはリック・ダルトンの方。彼には生きる理由が沢山あるから。
異常者のクリフ・ブースには、リック以外の生きる理由がない。
何でも軽々できるクリフが、何を失ってもヘラヘラ笑っていられる彼が、
「(リックの良き友人であろうとすることだけ)努力している」のです。
命に執着しない男にとってのボスの優先順位は、必然的に、自分の命より上。
クリフ・ブース…めちゃくちゃエモい男になっちゃってるじゃん…
クリフが先に死んだらリックは次の相棒を見つけるかも知れないが、リックが先に死んだとしたら、クリフは一生、一人のままなんじゃないだろうか。
6.クリフについて、リックは何とも思わない
世間の人間が噂や素行で判断する限り、クリフは完全にパワータイプのキチガイです。
普通は、過去も気になるでしょう。
「妻を殺しているかもしれない」男です。
なのにリックは、「命令すれば何でもするぞ。火をつけてもいいし、車で跳ねてもいいぞ」と、単なる事実としてクリフを売り込みしてくれます。
イヤあなた、待って待って。
それ平気でやる男、ちょっとまずそれイカれてる男だからねダルトンさん。
リック・ダルトンは、クリフがどれだけスゴかろうが、異常人物だろうが、誉めもしないし、引きもしない。
全部知っててなお、「そういう奴だ」としか思わないでいてくれるのです。
「やらせたらできるし」でクリフ・ブースにアンテナ修理を頼める男、リック・ダルトン様だけです。
私有地に入ってきた初対面の人間に、怒りをぶちまけられる男。
8歳の少女の言葉を、そのまま受け入れられる男。
イカれた男でも、なんのしがらみも関係なく雇い入れてくれる男。
異常者クリフ・ブースにとって、こんなに特別な男がいるでしょうか。
7.ブルース・リーを倒せる男
ところで、ブルース・リーの親族からの抗議でワンハリ、中国で公開できないみたいですね。
あのシーンをカットしろって言われて、タランティーノが断ったとか。
いいぞいいぞ。
しかし、なぜブルース・リーじゃないといけなかったのかは、ちゃんと伝わるべきですよ。
絶対的に強いはずの存在に勝つからこそ、「クリフ・ブースはなにもんや!」ってなるんじゃんか。
ブルース・リーを無様に倒したやつなんか、史実に居ないからこそ、
「あ、クリフ・ブースって、フィクションをぶち抜ける特異点なんだ」
「だから勝てるはずない男に勝ったんだ」
「存在しないフィクションが歴史をねじ曲げる話なんだ」
ってことがわかるんじゃんか。
あれだけしか出てないのに、「簡単に倒すことはありえないので、倒した時点でフィクションの証明」っていう説得力になるんだぞ。
全世界が共通認識で最強の男だって思ってる、リスペクトの文脈を感じてくれよ。
そのへんの、並の強さの奴だったら、倒したところで話が成立しないんだよ。
キルビル作った男が、ブルース・リーバカにしてるワケないじゃん!!!
まぁ、普通にやなやつだったし、ご家族に向かってそんなこと、言えませんけど~。
タランティーノが悪い。
マドンナにも訴えられたしね。
当たり前や。
全部タランティーノが悪い。
最強の象徴のはずのブルース・リーを圧倒する。
世界に絶望を与えたはずのマンソンファミリーを絶望に陥れる。
そんなイレギュラーを飼い慣らす、あらゆるハリウッドスターへのリスペクトのこもった火炎放射器男!!
なんて痛快な世界なんだろうか。
虚構って、 最高だ!!!!!!
シャロンテートがちょっと空回りのイタい美人で、キャーキャー言って死ぬところがめちゃくちゃ想像できてしまったのも、悔しくて嬉しかった。